縄紋人はエコロジストか1(No.60)

更新日:2013年12月18日

縄文人の年間生活カレンダー

「縄紋人の年間生活カレンダーについて説明してください」エコロジスト縄紋人の生き方に興味があるとおっしゃる若い女性からのご質問です。
この展示パネルは、縄紋人の季節に応じた生活サイクルを模式化したものです。彼らの一番の関心は、安定した食料資源の確保だったのです。秋はクリやドングリを大量に拾い集めました。産卵で川をのぼるサケ・マスの大群は最高の食料でした。ドングリはきんちゃく状に掘り下げた地下倉庫に納め、サケ・マスは三枚におろし燻製にして住居内に備蓄していました。厳しい冬への備えです。
冬は狩りの季節です。しかし、いつもイノシシやシカといった量があっておいしい獲物がとれるとは限らないのです。猟のない日は、保存食が頼りとなるのです。
春の到来は、現代人には心弾むのですが、縄紋人にはゆううつだったでしょう。秋に蓄えた大量の保存食もそろそろ底を尽きます。新たな食料源としては、若草や木の芽、それに海浜でのアサリやハマグリの採集ぐらいしかないのです。貝塚の貝種をみると、針でしか身を取り出せないような小型の貝までも大量に採っていることが知られるのです。
夏は海や川での漁労が大きな比重を占めます。しかし、これも安定した収穫量は期待できないのです。貝類や植物の採集で補いながら、木の実の結実とサケ・マスの遡上の季節を待つしかないのです。
また、住居の改築や新築、石器や土器作りといった生活の基礎づくりは、食料確保活動の合間をぬって行われたのです。
こうした説明をすると、いかにも貧しい縄紋時代の生活が想像されそうです。ところが、そうとも断言できないデータもあるのです。国立民族学博物館の小山修三さんの推計では、縄紋時代の最盛期(中期)の列島人口は26万人に達していたというのです。この数字は1974年の遺跡数をベースにしていて、しかも北海道を除いているのです。遺跡数が増加した今日ではおそらく35万人程度の数字がはじき出されるでしょう。人口密度にして1平方キロに1人という計算になります。今のわたしたちからみると、驚くほどの過疎なのですが、食料源を自然の恵みに頼る狩猟採集民にすれば、世界的に例がないほどの過密さなのです。
この過密な縄紋社会を支えたのは、日本列島の豊かな自然環境と縄紋人の優れた計画性と創造力だったのです。

イラスト:縄文人の年間生活カレンダー

『広報ふじいでら』第310号 1995年3月号より

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