成人式と抜歯(No.64)

更新日:2013年12月18日

西日本の晩期縄紋人の抜歯

「抜歯は何のために行なったのでしょうか。健康な歯を抜くなんて、考えただけでもぞっとするのですが」赤ちゃんといっしょの若いお母さんからの質問です。
麻酔の発達した現代でも、歯を抜くと聞くだけでもあまりいい気分はしないものです。現代では、どうしようもない歯痛などを治療するのにやむをえないときに歯を抜きます。ところが、縄紋時代の人々は、健康な歯を抜いているのです。満足な麻酔薬や止血剤があるはずもないのですから、ただ痛いだけではなく、ときには一命にかかわるような危険な儀式だったのです。
抜歯の儀式は、世界の狩猟採集民族のなかでは、比較的あたりまえに行われていて、それほど奇習というわけでもないのです。現在でもアフリカ、東南アジア、オーストラリアの一部の民族に残っています。縄紋時代の抜歯の方法を、これらの民族例を参考に復元してみましょう。まず、抜く歯の内側に堅い棒をあて、外側から石で叩き、ぐらぐらにさせる。ぐらぐらになった歯に紐をひっかけて一気に引き抜く。といった荒っぽいやり方ではなかったかと思います。
岡山県津雲貝塚と愛知県吉胡貝塚の縄紋晩期人骨の抜歯を分析した国立歴史民俗博物館の春成秀爾さんの意見を聞いてみましょう。
まず注目することは、成人の全員が上顎左右の犬歯を抜いていることです。この抜歯は成人式に相当する儀式だったのでしょう。いまの成人式とは随分違いますね。次の抜歯は下顎の犬歯を抜くグループと下顎の切歯を抜くグループに別れます。これは結婚式の抜歯で、前者がほかの村の出身者、後者が自村出身者の区別ではないかと分析されています。その後も、家族が死去したときや村の重要な役目に就いたときなど、事あるごとに抜歯が行われたようです。最高記録では14本も抜いた例が知られています。
問題は、なぜ痛くて危険な抜歯に縄紋人がこだわったかという点です。縄紋時代の抜歯の風習は、中期末に始められ、後期・晩期に盛んになります。西日本の縄紋晩期では、成人のほぼ全員が抜歯を行っていて、社会制度として、抜歯が定着していたことを示しています。
縄紋時代の人口は、中期を境に減少します。とりわけ、自然資源の豊かでなかった西日本ではその傾向はより強いのです。これと軌を一にするように抜歯の儀式が盛んとなります。抜歯にともなう強烈な痛みをともにした、同世代の人々、夫婦、家族の間により強い精神的な絆が結ばれることを期待したのでしょう。縄紋時代とは、生きること自体が厳しかったのです。

イラスト:西日本の晩期縄紋人の抜歯

『広報ふじいでら』第314号 1995年7月号より

お問い合わせ

教育委員会事務局教育部 文化財保護課
〒583-8583
大阪府藤井寺市岡1丁目1番1号 市役所6階65番窓口
電話番号:072-939-1111 (代表)
072-939-1419 (文化財担当)
ファックス番号:072-938-6881
〒583-0024
大阪府藤井寺市藤井寺3丁目1番20号
電話番号:072-939-1111 (代表)
072-952-7854 (世界遺産担当)
ファックス番号:072-952-7806
メールフォームでのお問い合せはこちら

みなさまのご意見をお聞かせください
このページの内容は分かりやすかったですか。
このページは見つけやすかったですか。