椿井大塚山古墳の調査(No.105)

更新日:2013年12月20日

京都府椿井大塚山古墳出土の三角縁神獣鏡

最近の文化財関係のビッグニュースといえば、奈良県黒塚古墳の三角縁神獣鏡多量出土を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。その報道記事の中に、椿井大塚山古墳という名前をちょくちょく見受けた記憶がございませんでしょうか。
というのは、これまでの三角縁神獣鏡の多量出土古墳の代表的な存在が椿井大塚山古墳だったからです。
この古墳は京都府相楽郡山城町にあって、木津川の流域を本拠地にした豪族のお墓とみられる大前方後円墳です。昭和28年に後円部を切断する国鉄(現在のJR)奈良線の工事が行われ、そのとき竪穴式石槨が崖面に露出し、40面近い鏡が見つかったのです。そのうち、30数面が三角縁神獣鏡だったのです。
その三角縁神獣鏡は、すべて中国製とされるもので、椿井大塚山古墳は、出現期を代表する超有名古墳となったのです。しかし、このときの調査は、工事中の発見ということもあって、応急処置的なものにならざるをえなかったのです。
山城町では、この古墳を町の象徴、ランドマークとして位置づけ、平成4年度から計画的に発掘調査を実施してきました。4年計画の最終年度の今年の調査では、これまでの調査で、もう一つはっきりしなかった古墳の形、大きさをつかみ、造られた時期を絞り込みたいとの目標が立てられました。
調査の結果、後円部は四段からなり、最下段が花こう岩の岩盤を削り出して造られ、二段目から上を盛土で造り、表面に葺石をもつことが分かったのです。また、古墳が山すその斜面地にあるため、後円部が正円ではなく、ラクビーボール状になっていることも明らかになったのです。
これまでの調査成果に今回の調査結果を総合すると、椿井大塚山古墳は、墳丘長175メートルの大前方後円墳で、最古の前方後円墳と目される奈良県箸墓古墳の3分の2の相似形であることも知られたのです。
さらに前方部では、土器がまとまって見つかりました。これは、古墳の完成後、何らかのお祭りを行った痕跡と考えられるものです。いまだ定説をみない前方部の意味を探る貴重な資料となりました。また、これらの土器は、布留式と呼ぶもので、この古墳の造られた年代が3世紀後半にあることも知ることができたのです。
椿井大塚山古墳の発掘調査は、派手なニュースにはなりませんでしたが、出現期古墳の実態に確実にせまるものだったのです。

写真:京都府椿井大塚山古墳出土の三角縁神獣鏡(京都大学総合博物館提供)

『広報ふじいでら』第355号 1998年12月号より

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