けつ状耳飾りの謎(No.62)

更新日:2017年07月08日

けつ状耳飾の装着模型

「けつ状耳飾りについてもっと詳しく知りたい」という大学1年の女性からの質問です。
藤井寺市の市章のデザインは、前方後円墳とけつ状耳飾りをモデルにしています。前方後円墳は市内各所から望むことができるので、その鍵穴形の墳丘には馴染みが深いことでしょう。ところが一方のけつ状耳飾りは、ご存じないかたも多いのではないかと思います。
けつ状耳飾りの「けつ」とは、中国のガラス製の玉器「けつ」のことで、この耳飾りの形が似ていることから命名されたのです。
けつ状耳飾りの材料には、飴色や緑色系の比較的柔らかい滑石や蛇紋岩が選ばれています。石材は薄いドーナツ形に削り出され、一方に切れ目を入れて完成します。これが耳飾りであることは、国府遺跡で発掘された人骨の頭部両脇から一対、二点が見つかったことから分かったのです。その使用方法は耳たぶに孔をあけ、挿入するのです。いま、現代女性の耳を飾るピアスの源流は遠く縄紋時代にさかのぼるのです。
けつ状耳飾りは、縄紋時代の早期末に登場し、縄紋前期には全国的に流行します。しかし、その発見数はそれほど多くないのです。例えば、栃木県根古屋遺跡で179体の人骨が発掘されていますが、けつ状耳飾りをもったものは、たった2体だけだったのです。けつ状耳飾りの発見例の多い国府遺跡でも、これまでの100体ほど(弥生時代と縄紋時代前期・晩期の人骨が含まれています)の人骨のうち、5体前後に過ぎないのです。
つまり、縄紋村の人々のうち、けつ状耳飾りをつけた人はごく少数だったのです。けつ状耳飾は個人的な趣味でつけたのではなく、縄紋社会のルールにしたがってつけていたと考えられるのです。言葉を換えると、けつ状耳飾りは縄紋社会の特別な身分を表わす象徴だった可能性があって、縄紋社会の性格を考えるうえで、大変重要な情報を秘めている遺物だと思うのです。
北米大陸の西海岸の狩猟採集民は、縄紋人とよく似た暮らしをしています。彼らは、身分の高い女性の成人式に耳に孔をあける儀式を行い、その後に盛大な宴会を催しています。縄紋時代のけつ状耳飾りをつけるときにもこうした儀式と宴会が行われたのでしょうか。

写真:けつ状耳飾の装着模型

『広報ふじいでら』第312号 1995年5月号より

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