修羅の人気の源泉(No.142)

更新日:2013年12月19日

修羅の出土状況(三ツ塚古墳)

土師の里遺跡といえば、「修羅が発掘された遺跡ですね」と多くのかたから応えていただけます。とりわけ、藤井寺の市民にとっては、修羅の出土は忘れられない出来事でした。いまでも修羅の現地説明会に、全国から訪れた人々の長蛇の列は語り草になっています。市民まつりでの修羅曳きゲームは、毎年メインイベントの位置を保っています。市民に親しまれている文化財という点では修羅の右に出るものはないでしょう。
ここで、修羅人気の秘密を探ってみようと思います。まず一つは、とにかくでかいことです。大修羅は全長8.8メートルもあって未だ2位以下を大きく離して日本一の大きさ誇っています。毎年、発掘調査は全国で数万件も行われているのですが、発掘後23年を経過しても第1位の座は揺るぎません。
二股の木ゾリの出土例では、京都市鹿苑寺(金閣寺)境内のものが大きいほうですが、全長4.7メートルです。民俗例でも大石運搬に使われた宮城県志津川町のキンマが3.4メートルです。実物ではないのですが、駿府城築城図屏風に描かれた石曳き絵から推測するソリの長さは4~5メートル、世界に目を転じてみても、インドネシアのスンバ島で今も石曳き行事に使われる二股の木ゾリが4メートル前後です。紀元前7世紀ごろの古代メソポタミアのレリーフから想像する石像物運搬の木ゾリが6メートル前後なのです。
土師の里遺跡の大修羅は、二股の木ゾリとしては群を抜いて大きいことが知られます。ただ、注意しなくてはならない点は、二股の木ゾリは自然木を使いますので、おのずと幅に制約があるのです。大修羅でも幅は1.85メートルに過ぎないのです。つまり、積載物の安定性を確保するという実用面からは3メートル前後、大きくても5メートルほどが最適な大きさと考えられるのです。言葉を換えると、大修羅は実用性という点からすると、長過ぎるということがいえるのかもしれません。
修羅の発掘を担当された大阪府教育委員会の高島徹さんが以前に「修羅の底面の摩耗が少ないのが気になります」と言っておられたことが思い出されます。あまり過酷な使用はなかった証拠ではないでしょうか(大阪府立近つ飛鳥博物館の大修羅の展示ではこの点の配慮から底面が観察できるように工夫がなされている)。ということは、大修羅は儀式用の道具、例えば石棺を墳丘の上まで静々と運び上げるときに使ったという想像にも根拠を与えます。
「大修羅は日本一でかい」なかなか心地よい響きですが、さらに一歩進めて、でかいということにも隠された意味があるのではないかと思うのです。それはまた、修羅の人気の秘密の二番目の分かりやすい文化財という点にもかかわってきます。
「修羅は重量物運搬用の古代のトレーラーだった」という説明を聞かれたことがあるでしょう。数十トンもの巨石を載せて、何百人もの人が扇形の隊列を組んで修羅を曳く情景は勇壮そのものです。ここで、幔幕に飾られた石棺を載せて墳丘の上を静々と進む修羅の姿も加えていただけたらと思うのです。ビジュアル的には前者に勝るものはないでしょうが、大修羅の使用法としては後者もなかなか棄てがたいと思うのです。
いずれにしても、修羅の役割は、重量物の運搬であって、実際の使用場面までたやすく想像できるのです。これは何でもないようですが、ほかの文化財をみてみると、そう簡単に万人を納得させる説明ができないものが多いのです。修羅の人気の源泉をここにも求めることができそうです。(つづく)

写真:修羅の出土状況(三ツ塚古墳:大阪府教育委員会)

『広報ふじいでら』第392号 2002年1月号より

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