津堂城山古墳の石棺

更新日:2013年12月22日

出土した津堂城山古墳の石棺(大阪府教育委員会)

出土した津堂城山古墳の石棺
(大阪府教育委員会)

今回から藤井寺市内で現在発見されている三つ目の石棺である津堂城山(つどうしろやま)古墳のものについてお話したいと思います。
この石棺の発見経緯については、広報に掲載しております。「古代からのメッセージNo.23~30」をご覧ください。(藤井寺市広報:平成4年2月号から9月号掲載)
この石棺は1枚の底石と4枚の側石(ここでは長い方の側石を「側石」、短い方を「小口石」と呼ぶことにします)、1枚の蓋石(ふたいし)で組み合わされています。小口石が側石の両端より内側にはめ込まれ、蓋は蒲鉾(かまぼこ)形をしています。蓋の天井部には方形の掘り込みが4列に4個ずつ、計16個あります。また、縄掛け突起(なわかけとっき)と呼ばれる出っ張りが蓋石の両側辺側に4個、小口側に4個、側石の両小口側に1個ずつ、両側石で4個、底石両小口側に1個ずつ計2個あります。また、小口石には両方に2個ずつ、計4個の方形小突起が見られます。
このような石棺は蓋と身とで構成した全体の形が長持(長櫃)に似ているため長持形石棺と呼ばれています。長持とはあの童謡「花いちもんめ」にみられる♪たあーんす(箪笥)ながもち(長持)どの子がほしい♪の長持です。また長持といいますと、2回にわけて紹介しました「長持山古墳の石棺」を思い浮かべるかたもおられると思いますが、あれはその項で話したように、現在では家形石棺の初現期のものとして捉えられていますので、今回の石棺とは型式が異なります。
津堂城山古墳の石棺について話する前に、この長持形石棺とはどんなものかを最近の調査・研究成果から、やや詳しく話したいと思います。
この種類の石棺は現在全国で50例を数えるほどしか確認できていません。また、東北から北九州にかけての古墳で発見されていますが、特に、畿内およびその周辺に集中している傾向にあります。その使用年代は古墳時代前期後半から中期の約100年間に限定できます。

教育広報『萌芽』第10号:平成7年2月号より

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