修羅と土師氏(No.10)

更新日:2013年12月18日

修羅曳きの想像図

修羅の話で、どうしても欠かすことができないのが、古代豪族土師氏との関係です。これは、わたしたちが修羅に抱く熱い想いと、深いところで重なり合っているようにも思います。
修羅の出土した三ツ塚周辺は、土師氏の本拠地とされる、土師の里遺跡として有名なところです。土師の里遺跡は、近鉄土師の里駅の南側、道明寺の旧集落を中心とする遺跡です。これまでの発掘調査で、住居跡、お墓、埴輪を焼いた窯跡、氏寺跡など、生活と生産そしてお祭りにかかわる遺構や遺物が見つかっています。
土師の里遺跡では、縄文時代や弥生時代の古い遺構や遺物も見つかっていますが、土師の里がにぎわいを見せるようになるのは、古墳時代、つまりこの一帯で巨大な古墳が造られた時代と一致します。
土師氏の祖、野見宿禰(のみのすくね)にまつわる埴輪創造の伝承は、土師氏が埴輪生産に深くかかわったことを物語っています。その痕跡は、修羅の出土地、三ツ塚古墳北側の、段丘崖に残された埴輪窯によって、今に伝わっています。
土師氏と埴輪生産の関係は、特によく知られているのですが、土師氏の仕事はそれだけでなく、古墳造り全体、今流でいえば、設計・施工・管理一切を担当したと推測されているのです。
土師氏一族は高度な技術を要する土木工事を担う有力な集団として、歴史上に登場してきます。修羅の出土地は、こうした土師氏が活躍した中心地なのです。修羅を用いた重量物の運搬方法が、大陸からもたらされた新技術だったのか、土師氏の技術者が考案したものなのか、断定するだけの資料は、現在ありません。しかし、土師氏が修羅を使って巨石を運搬したことは、疑いのないところでしょう。
修羅の発掘は、これまでよく分からなかった古墳の築造過程を、具体的に復元する手掛かりが得られたという、重要な学問的な成果をもたらしました。巨石を載せてゆっくりと進む修羅の姿から、古墳造りの情景を鮮やかなイメージとしてとらえることができます。そしてこの歴史的な作業を、額に汗して担った人々こそ、わたしたちの遠い祖先だったという確信があります。
図書館での一般公開を前に、最後の点検をしているとき、一瞬、修羅に汗のにおいを嗅いだと思ったのは、私の幻覚だったのでしょうか。

イラスト:修羅曳きの想像図

『広報ふじいでら』第260号 1991年1月号より

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